労働時間制度研究会の報告書に対する、労使双方からの意見

新しい労働時間制度の在り方について、現在労働政策審議会で審議継続中ですが、これは厚生労働省が2005年に開催した「今後の労働時間制度に関する研究会」によってまとめられた報告書を基本として、労働政策審議会に検討を諮問したことを受けてのものです。「今後の労働時間制度に関する研究会」が厚生労働省に提出した報告書の内容はすでにに紹介しましたので、ここからはその報告に対する労働者側の意見、経営者側の意見、学者の見解の紹介という順で進めます。

最近の産業構造の変化の速さの中で労働関係の変化も生じ、これまでの法律では対応しきれない場面が増えてきています。労働争議、労働訴訟事件の増加はその表れともいえます。働き方の変化も含めて各企業ごとに特有の問題は、個々の労働者との関係も企業現場ごとに特有なものとなる傾向にあります。基本的には労使双方が対等の立場で、個々に特有の問題に対処する理想的なルール作りができることが理想です。法律規定はなるべく必要最低限にとどめ、労使間の具体的なルール作りが企業毎の問題解決にはよりふさわしいのですが、現実は労働意識の変化もあり必ずしもそのような形にはなっていません。労働者側はなるべく法律で詳細規定を用意して企業側の抜け道を防ぎたいと考える過去の歴史があります。現在審議が継続している労働政策審議会の元となる「今後の労働時間制度に関する研究会」の報告書に対しても、それぞれの立場からの意見が出ています。
はじめに労働者側、使用者側、それぞれがどのような反応をし、意見をもっているかを知ることが重要なので、一部ですが代表的な意見を紹介します。次に項を改めて、学界の見方を紹介したいと思います。

労働者側からの意見

労働者側の反応として、この報告書の内容は現行労働基準法にある適用除外規定を新たに提案するだけにすぎないのではないか、としてこの報告書を批判する立場があります。
新しい労働時間制度の在り方を考える報告書は、現状のホワイトカラーの増加、働き方の多様化を踏まえて労働者の心身の健康、家族と過ごす時間、生涯学習に充てる時間など労働者の仕事と生活との調和を掲げておきながら、具体的な制度として提案する制度は、新たな適用除外制度の提案の一つだけしかない、と言います。「新しい自律的な労働時間制度」は、労働基準法における労働時間規制の新しい適用除外制度を提案するだけの内容であるとして、次のような点から報告書を批判しています。
新しい労働時間制度に関する報告書の中で、「生活時間を確保しつつ仕事と生活を調和さて働くこと」を実現させるために提案しているものに、年次有給休暇の時間単位の取得、代償休日の付与、三六協定の限度基準を超えた場合の割増率の増加などがあるが、これらによって仕事と生活を調和させて働くことを実現させることは不可能である。
また日本経済団体連合会が発表している「ホワイトカラー・エグゼンプションに関する提言」について、日米の労働事情の差異を認め、そのままの導入は適当ではない、と言いながら労働基準法41条とは別の新しい適用除外制度を作ることを提案している。しかも法令に適用除外の要件を記載するだけでなく、労使間協議の合意による適用除外も企業ごとに実態に応じて可能であると併記している点はさらに問題である。このような労使の自治という方法は、経団連が提言するホワイトカラー・エグゼンプションの業務要件との共通性を感じるのが理由だとしています。
本人の年収要件についても、報告書は「一定の水準以上の額」として具体的な金額を明示せず、「通常の労働時間管理のもとで働いている労働者の年間の給与総額を下回らないことが通常である」としているが、この言い回しも不自然で、本来なら「相当程度上回る」とするのが「通常である」と指摘しています。

参照:日本経済団体連合会が発表している「ホワイトカラー・エグゼンプションに関する提言」は2005年6月に発表。
業務要件として、労使協定または労使委員会の決議により、業務遂行の手段や方法、その時間配分等を労働者の裁量にゆだねること。賃金要件として、年収額が400万円以上の月給制または年俸制であること、などを提案している。

またほぼ同時に報告された「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」の報告についての批判の中で、報告書が就業規則の変更による労働条件の不利益変更について、過半数組合や新労使委員会の決議があればその変更には合理性が推定される、としている点についての批判が、労働者の経営者に対する不信感を表している象徴的な部分がありますので、ここで紹介しておきます。それは、労使間の力関係を考えるとき、企業における使用者は圧倒的に優位な立場にあるという認識からのものです。過半数組合がある場合でも事実上の支配決定権を有しているのは使用者であって、過半数組合が労働者全員の利益をはく奪する提案に同意した実際例をあげています。女性労働者の権利を軽視する提案に賛成した過半数労働組合の例もあります。
この点に関する労働契約法制の報告書の記述をみると、「一部労働者のみに対して大きな利益を与える変更の場合を除き、労働者の意見を適正に集約したうえで、過半数組合が合意をした場合又は労使委員会の委員の5分の4以上の多数により(中略)変更を認める決議があった場合には、変更後の就業規則の合理性が推定されるとすることが適当である」という部分が該当しますが、労働者側からは、これがもし条文として規定されれば、合理性の推定ではなく法律上の事実推定という強い効果を持つことになり、訴訟実務上の立証、反証が極めて困難になることが予想されるという危機感をみせています。

使用者側からの意見

経営者側からの意見は、際立って大きなものは見られませんが、それでも各所での報告、意見、感想などがあります。ここでは「新たな労働法制に対する使用者側からの若干の意見」と題する和田弁護士の意見のなかに、労働時間制度報告書のうち、「新しい自律的な労働時間制度の要件」に関して述べている部分がありますので、紹介します。
「新しい自律的な労働時間制度の要件」は勤務態様要件、本人要件、健康確保措置、導入における労使の協議に基づく合意から構成されていました。
まず勤務態様要件について、報告書が対象者の具体的なイメージとして最初に挙げている「企業における中堅の幹部候補者で管理監督者の手前に位置する者」には厳しすぎる要件であると思う、と述べています。
報告書における該当要件を復習すると以下の通り。
「職務遂行の手法や労働時間の配分について、使用者からの具体的な指示を受けず、かつ、自己の業務量について裁量があること」
これにはさらに次のような説明があります。
「対象労働者は、職務遂行の手法や労働時間の配分(中略)について、幅広くその労働者の裁量に任されていること、すなわち、これらの点について使用者からの具体的な指示を受けないことが必要である。あわせて、上司からの過重な業務指示があった場合の対応について、自らの判断にゆだねられていることや、個々の業務のうちどれを優先的に処理するかについて判断することができるなど、自己の業務量のコントロールができることが必要である。」
「企業における中堅の幹部候補者で管理監督者の手前に位置する者」をイメージするときには、この勤務態様要件は厳格に過ぎるという意見を述べています。労働時間規制の第1の目的がこの心身の健康であることから、続けて挙げられている心身の健康確保措置が充実させられれば、この勤務態様要件はある程度緩和すべきだとしています。
次に本人要件の中における「労働者本人が同意していること」と「導入における労使の協議に基づく合意」という要件について、同意や合意ができない場合について使用者側のリスクが考えられる場面があると指摘しています。
それは、報告書が参考を示唆している、現行の企画業務型裁量労働制の規制との関係においてです。中堅の幹部候補者で管理監督者の手前に位置する者ならば、使用者は長期的な制度導入を考えるところだが、リスクの大きさから導入には症京手にならざるを得ないと分析しています。事業所の労使の合意及び本人の同意がなくても、これら制度を導入できるようにすべきであると考えるのは、日本経済団体連合会が提言するホワイトカラー・エグゼンプションに沿ったものといえます。

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