日本マクドナルド事件

日本マクドナルド事件:東京地裁 平成20年1月28日判決
(平成17年(ワ)第26903号、甲対日本マクドナルド株式会社、賃金等請求事件)
参照条文は、労働基準法37条、41条2

管理監督者の範囲(労基法41条)について争われたのは、この事件においては「店長職」でした。
被告は、全国に展開するハンバーガー等を販売する大手ファーストフード店であり、多くの直営店をもつ日本マクドナルド株式会社です。知名度もあることから世間の注目を集めた事件となりました。
マクドナルドの就業規則では、店長を経営者と一体の管理職として扱っているため、法定労働時間を超える労働時間についても割増賃金を支払っていません。裁判では、店長はそこまでの管理者(管理監督者・労基法41条)とは認められない(名ばかり管理職)ので、これまでの未払い賃金を支払えという判決を出しました。
判決報道の後は、過労死や企業内の労働実態を取り上げる特集番組も増え、判決を受けた企業側の今後の対応も含めてさらに大きな関心を集めている状況です。また、同様の訴訟が増加する傾向にあり、国は現在の労働慣行、労働実態を把握したうえで、基本的な解決を急がねばならない事態となっています。
訴訟内で明らかにされた証拠資料によれば、平成17年12月末現在の被告店舗数は3802店(うち直営店は2785店)あり、平成19年9月末現在の従業員のうち店長は1715人とされ、規模の大きさに特徴がある事案でした。単純に本件原告と同じ条件で1715人が「名ばかり管理職」と認定されると、時間外労働を認定し賃金支払いが行われることになり、その場合、会社経営自体に赤信号がともることは容易に予測されるところでもあります。会社側の今後の対応はもちろん、名ばかり管理職というネーミングで広い範囲に関心を集めた本判決は、日本の労働慣行や日本人の労働意識といった基本から見直す契機を与えたこともあり、現在提起されている同様の訴訟にも注目が集まることとなりました。

原告・甲による提訴内容は次の通りです。

1、甲が、労働契約上、労働基準法36条に規定する労使協定が締結されるなどするまで、法定労働時間(同法32条)をこえて労働する義務を負っていないことの確認
2、未払の時間外割増賃金及び休日割増賃金の支払
3、この未払い賃金に係る付加金の支払
4、被告から長時間労働を強いられたことにより、精神的苦痛を被ったとして、不法行為に基づく、慰謝料の支払
5、通勤に要した高速道路料金の支払

事実:

判決は、1については却下。2と3については支払いを命じ、4と5は棄却でしたが、いわゆる名ばかり管理職の問題として管理監督者の判定が争点となった2と3の点を中心に紹介することとし、まず事実から見ることにします。
なお判例や労働審判の紹介の際の進め方は、提訴した請求内容、事実、判決要旨、判決の意義などの順に進めます。これはこれからの判例紹介でも統一して進める予定ですので比較しやすくなると思います。

原告・甲は、昭和62年2月に社員として採用され、マネージャートレーニー、セカンドアシスタントマネージャー、ファーストアシスタントマネージャーを経て、平成11年10月に店長(伊奈町店)に昇格し、本庄エッソSS店、高坂駅前店、平成17年2月からは125熊谷店の店長を務めている。
被告、日本マクドナルド株式会社の就業規則には次のような定めがありました。
11条(労働時間、休憩時間)所定労働時間は1か月(毎月1日を起算日とする)を平均して1週間平均40時間以内とする。
12条(遅刻並びに早退の手続き)遅刻並びに早退の手続きについては次の通り定める。
@始業時刻に遅れるときは事前に速やかに会社へ報告しなければならない。また始業時刻に遅れたときは、事後速やかに届けなければならない。
A病気その他やむを得ない理由のため早退しようとする場合は、所属長の承認を得なければならない。
15条(深夜勤務)業務の都合により所属長の指示する深夜勤務に関しては、別に定める給与規定により割増手当を支給する。また管理及び監督の地位にある者(中略)に関しては職務基準給に14,000円の深夜勤務等手当を含むものとする。
16条(適用の除外)第11条から14条までの規定は、次の者に対しては適用しない。
@管理または監督の地位にある者 パートの処遇、採用、解雇の可否、昇給の決裁権限を有する店長、営業スタッフ、会社に重要な戦略、戦術を決定する等、および部長不在時にその職務等を代理決裁するマネージャー職以上の者

店長である原告・甲が、労働基準法41条2号に定める「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者」に当たるかどうかが争点となりました。まさに管理監督者なのかどうかの判断で、「名ばかり管理職」にすぎないのか、実質的な「管理監督者」なのかが争われた典型的な例です。

原告・甲の主張は、店長としての甲には経営者と一体といえるような権限、責任はなかったし、職務の性質はすべて一定時間内にできるものであった、というものです。
店舗のアルバイト従業員を採用する権限はあるが、何人も自由に採用できるというわけではなく、時給も自由には決定できない。社員の採用権限はなく、社員の昇給、昇格を決定する権限もない。
店長会議には参加するが、店長会議は被告・会社がすでに決定した店舗の業務に関する営業戦略や社員の人事考課に関する基本方針を店長に徹底させるためのものでしかなかった。
店長は店舗責任者として、営業時間中は基本的に在店しなければならず、出退勤の自由はなかった。
店長としての処遇は、管理監督者としてふさわしいとは言えず、時間外労働の割増賃金を受け取るファーストアシスタントマネージャーよりも少ないという逆転現象がしばしば起きている、などの点をあげて主張しました。

被告・会社の主張は、店長の職務は労働時間の管理になじまないものでり、賃金も店長職務の特質に適した額と方法により支払われているので、店長は管理監督者に当たるというものです。
店長は、店舗の従業員の勤務の指揮監督を行っているから、監督の地位にある者といえる。
店長は、クルー及びスウィングマネージャーの人事考課、昇給を決定し、社員の人事考課、昇給等の決定などの労務管理も行っているから管理の地位にある者ともいえる、と主張しています。

判決要旨:

争点となった管理監督者の判断基準については次のように述べています。
管理監督者に当たるといえるためには、店長の名称だけでなく、実質的に法の趣旨を充足するような立場にあると認められる者でなければならない。
法の趣旨とは、「管理監督者に労働基準法の労働時間等に関する規定が適用されない(同法41条2号)のは、管理監督者には企業経営上の必要から、経営者と一体的な立場において、労働基準法所定の労働時間等の枠を超えて事業活動することを要請されてもやむを得ないものといえるような重要な職務と権限を付与され、また、賃金等の待遇やその勤務態様において、他の一般労働者に比べて優遇措置がとられているので、労働時間等に関する規定の適用を除外されても(中略)当該労働者の保護に欠けるところがないという趣旨」であると明記しました。

そのうえで、原告・店長甲の管理監督者性につき具体的な検討に入っています。
具体的に判断される点は次のような点を挙げています。
@職務内容、権限および責任に照らし、労務管理を含め、企業全体の事業経営に関する重要事項にどの程度関与しているか、
Aその勤務態様が労働時間等に対する規制になじまないものであるかどうか、
B給与(基本給、役付手当等)及び一時金において、管理監督者にふさわしい待遇がされているかどうか、

甲および店長職についての勤務実態は次のように認定されています。
ア、人事に関する事項について
店長は、店舗の損益計画を考慮しつつ、店舗のアルバイト従業員であるクルーを採用し、その時給を決定したり、クルーのスウィングマネージャーへの昇格を決定する権限を有している。他方、社員の採用権限はなく、社員の昇格についても一定基準を満たす社員の推薦までである。
イ、各店舗の従業員の就業時間等に関する事項
店長は、毎月、店舗従業員の勤務シフト表を作成して被告に提出し、この作成に併せて店長自身の勤務スケジュールを決定している。
ウ、各店舗の営業等に関する事項について
店長は、本社が作成した店舗の売り上げ予想に基づき、次年度の損益計画を作成し、本社に提出している。店長作成の損益計画の位置づけは、自ら定めた努力目標という程度でノルマというものではなかった。
20万円未満の範囲でクーポンの配布など各種販売促進活動を実施する権限はあるが、その実施にあたっては本社の承認が必要だった。
店長は、形式的には店舗の営業時間を変更する権限を有しているが、たとえば、本社から「早朝から深夜まで営業しているマクドナルドというイメージをお客様に浸透させていきます」と記載した通知がされたように、営業時間に関する方針が示されると、これに従うことを余儀なくされていた。
エ、店長の会議等への参加について
店長が参加する店長会議は、会社の営業方針、営業戦略、人事等に関する情報提供が行われるほか、店舗同士の意見交換が行われることもある。ほかに店長コンベンション、キックオフミーティングがあり、いずれも会社から情報提供されるものである。
オ、店長の労働時間の管理について
店長は、会社が管理する出退社時刻・時間外勤務一覧表あるいはパーソナルコンピュータ上の勤務表に、自分の出社時刻や退社時刻を記載、入力して労働時間が管理されていた。
カ、店長に対する処遇
報酬制度は、管理監督者として扱われる店長と、管理監督者として扱われないファーストマネージャー以下の従業員とは異なる報酬体系が適用されている。また平均年収の比較からも、管理者である店長と、管理者でないファーストアシスタントマネージャーとは相応の差異が設けられている、しかし、店長の10%が該当する低評価の年収は、ファーストアシスタントマネージャーの平均年収よりも低額となっている。(店長の支払い例とファーストアシスタントマネージャーの支払い例は省略します。)

このように認定した事実から、それぞれの点が具体的に検討された結果、次のように判定されました。
店長の権限等について
店舗運営において重要な職責を負っていることは明らかであるものの、店舗内の事項に限られるものであって、企業経営上の必要から、経営者と一体的な立場において、労働基準法の労働時間等の枠を超えて事業活動することを要請されてもやむを得ないものといえるような重要な職務と権限を付与されているとは認められない。
店長の勤務態様について
各店舗は、営業時間帯に必ずシフトマネージャーを置くこととされているので、シフトマネージャーが確保できない時間帯には、店長が自らシフトマネージャーを務めることが必要となる。甲の場合、自らシフトマネージャーとして勤務した時間は、時間外労働が月100時間を超える場合もあるなど、その労働時間は相当長期間に及んでいる。形式的には労働時間に裁量があるといえるものの、実際には店長固有の業務を遂行するだけで相応の時間を要するうえ、会社の勤務態勢上の必要性から、自らシフトマネージャーとして勤務することなどにより、法定労働時間を超える長時間の時間外労働を余儀なくされるのであるから、甲に労働時間に関する自由裁量性があったとは認められない。
店長に対する処遇について
管理者として扱われている店長と、管理者ではないファーストアシスタントマネージャーとの収入には相応の差異が設けられているように見えるが、店長1715人の40%に当たる評価では、ファーストアシスタントマネージャーの平均年収との差は446,943円しかなく、さらに店長の10%には逆転が生じているのが実態である。これに店長の時間外労働、深夜労働等の勤務実態を併せ考慮すると、甲の賃金は、労働基準法の労働時間等の規定の適用を排除される管理監督者に対する待遇としては、十分であるとは言い難い。

以上から「店長・甲はその職務の内容、権限および責任の観点からしても、待遇の観点からしても、管理監督者に当たるとは認められない。」と結論しました。
結果、被告・会社は、時間外労働や休日労働に対する割増賃金が支払われるべきであるとされたものです。


本判決の意義:

本判決は、管理監督者性に関する判断自体は従来の多数判例と変わらず、考えは踏襲されていると言えます。
しかし、店長が1715人とされるその規模において、特徴をもっており、さまざまな点で影響の大きな事件となっています。

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