岡部製作所事件

岡部製作所事件:東京地裁 平成18年5月26日判決
(平成17年(ワ)第7960号、甲対株式会社岡野製作所、賃金請求事件)
参照条文は、労働基準法37条、41条、114条

管理監督者の範囲について争われたのは、この事件においては「部長職」についてでした。
このほか、部下のないスタッフ職の管理監督者についても解釈が示された事件となりました。

原告・甲による提訴内容は次の通りです。
賃金の一方的減額と、休日出勤に対する割増賃金が支払われていないことから、一方的に減額される前の賃金との差額と休日出勤に対する割増賃金、付加金の支払の請求です。

事実:

判決は一部認容、一部破棄でしたが、まず事実から見ることとします。
原告・甲は、株式会社岡部製作所の青梅工場で営業開発部長の職にありました。(以降Xとします)
被告・岡部製作所は、プラスチックの成形、加工等を業とする株式会社です。(以降Y社とします)
Xの賃金は平成13年4月より470,000円で、その内訳は基本月給・340,000円、住宅手当・20,000円、管理職手当・110,000円でした。
平成14年10月16日、XはY社から20%の減額を通告され、10月25日の支払いから翌15年3月25日まで376,000円が支払われました。
4月25日からの支払いは本人Xとの合意がないまま423,000円となり、その額はXの提訴に至るまで続きました。423,000円の内訳は、基本月給・293,000円、住宅手当・20,000円、管理職手当・110,000円でした。

Xは、Y社の主な得意先であるT社の開発部門と協力して、T社のブランド製品の開発業務を担当していました。業務は1人で遂行することが大半で部下はいませんでした。Y社の経営会議には出席していましたが、その経営会議は重要な経営事項の決定機関としては機能していませんでした。
勤務実態を見ると、出退勤のためのタイムカードは支給されていませんでした。Xの通勤時間は自宅から2時間半かかりましたが、始業時間の午前8時30分を30分程度遅らせても、自宅通勤とした方が単身赴任より経費が少なくて済むとの判断による措置でタイムカードを不要としています。出勤の実際は午前9時前後で、退勤時刻も30分繰り下げていました。
Y社は、課長代理職以上の者については時間外勤務手当を支給せず、休日出勤手当は休日出勤1日につき一律10,000円を支給することとしていました。

判決要旨:

1、Y社は「Xの給与を減額することについての法的根拠を有効に示すことができていない」ので、Xに対する「各給与減額は無効」
2、「Y社におけるXの地位、立場に照らした実際の就労事業からすると、XのY社への経営参画状況は極めて限定的であること、常時部下がいて当該部下の人事権なり管理権を掌握しているわけでもなく、人事労務の決定権を有せず、むしろ、・・・Xの職務はXがY社内で培ってきた知識、経験及び人脈等を動員して1人でやりくりする専門職的な色彩の強い業務であることが窺われること、勤務時間も実際上は一般の従業員に近い勤務をしており、Xが自由に決定できるものではないことなどが認められる。
確かに、XはY社の青梅工場の営業開発部(中略)の部長という肩書をもち、社内で管理職としての待遇を受け、役付手当として月11万円の支給を受けていることは認められるもののこれをもってしてしては未だ労基法41条2号のいわゆる管理監督者に該当するとして労働時間に関する規定の適用除外者とまでは認めることができない。」
3、Xの休日労働割増賃金については、管理職手当が支給されている分はすでに「織り込み済みであると考えられる余地はあるものの、むしろY社の給与規定が(中略)これとは別に管理者休日出勤手当を別途定めている以上、Xの休日出勤による未払賃金は管理職手当とは切り離して考えるべきである。」

本判旨の意義:

この判例の特異な点は2つありました。
一つは、原告Xの地位が部長職ということで、比較的高い地位にある者に対する判断となったことです。
労働基準法上の割増賃金支払い義務の対象範囲に入るかどうかについて、これまでの多くの判例は課長職あるいは店長に対する判断でした。
二つ目は部下が1人もいないというスタッフ職としての性格が強い点です。
部長職で、しかもスタッフ職にあたる業務に従事しているケースでの、休日出勤に対する割増賃金支払い義務(労基法37条)の判断について、三点につき詳しく見てみることにしましょう。

判決要旨1の点、賃金減額の有効性。
Y社の賃金減額措置は無効としました。
無効だと判断した理由は、賃金減額措置がY社によって一方的になされており、法的根拠がないためです。法的根拠の例としては、就業規則や、減額措置を受ける労働者の同意などがあります。これらは以前にも同様の判例があります。(チェースマンハッタン銀行事件・東京地裁平成6年9月、アーク証券(本訴)事件・東京地裁平成12年1月、エーシーニールセンコーポレーション事件・東京地裁平成16年3月など)
本件についてはXの合意もなく、Y社によって一方的に行われていたため無効な賃金銀減額措置とされたわけです。

判決要旨2の点、管理監督者性について。
(a)
裁判所はXの勤務実態を次のように認定しています。
経営参画の権限はなかった。人事管理の権限はなかった。勤務時間の自由度がない。
勤務がこのような実態の下では、たとえ管理職手当が支給されていたとしても、管理監督者とはいえない、という判断です。
(b)
後述

判決要旨3の点、休日労働割増について。
休日労働割増賃金ですが、本件では管理職手当が割増賃金に充当されるかどうかという、割増賃金の算定に関する問題なので、詳細は関連するところに譲り、ここでは概略を述べるにとどめます。
本件ではY社の給与規定の中に、管理者の休日出勤手当の支給についての定めがあったため、管理職手当として支払っていた分の充当は認められないとしたのでした。つまり、Xに支払われていた管理職手当は時間外労働に対する手当であって、休日労働に対する手当ではないと認定し、したがって休日出勤労働の割増賃金とは別なので充当はできないと考えるものです。

(b)
この点が名ばかり管理職の問題と直接関係します。
労働基準法第41条2号の「管理監督者」の範囲という中心問題に関することなので、詳しく見るために最後に記すことにしました。
管理監督者は労働基準法の4章、6章、6章の2の適用から除外されていますから、管理監督者と認定された場合には労働基準法上の労働時間、休憩、休日に関する保護適用がなくなります。したがって管理監督者の範囲についてはその基準が形式的、実質的に明らかでなくてはなりません。

管理監督者の範囲について、行政サイドの一般的な原則解釈は次の通りです。
管理監督者は「部長、工場長等労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にあるものの意であり、その名称にとらわれず、実態に即して判断されるべきものである」
この原則解釈をもとに、具体的事例において判断する場合の留意点として次のような基準も挙げています。
労働時間規制の枠を超えて活動せざるを得ない重要な職務と責任を有しているか。
現実の勤務態様も労働時間規制になじまない立場にあるか否か。
基本給、役付手当等において管理監督者にふさわしい待遇がなされているか。
管理監督者に当たるか否かはこれらの基準に留意して判定することとしています。

判決が勤務の実態に照らしている点を見てみます。
Xは毎月11万円の管理職手当を支給される部長職だったが、この場合労働基準法41条2号当たる管理監督者かどうかを判定するに際し、経営参画の程度と勤務時間の自由度の2点を重視し、どちらも管理監督者といえるほどの程度にはなかったと判断しました。

本件で注目されるのは、部長職のXには部下がいないスタッフ職だったことです。この点において意義のある事例となりましたので、ここで触れておきます。
部長職だがスタッフ職でもある場合の管理監督者性の認定について、この判決も従来と同じ立場をとりました。
すなわち、スタッフ職もライン職と区別せず、同じ基準をもって管理監督者か否かを判定しているのですが、この点における行政解釈の立場との相違点を明らかにしながら、本判決の方が妥当であるという理由を見ておきます。

管理監督者性を判定するにあたって、
1、管理者としてふさわしい処遇を受けていること。この点においては行政解釈と判例に違いはありませんが次の点から違いが出てきます。
2、経営者との一体性の有無の基準につき、行政解釈の立場では経営上の重要事項に関する企画立案で足りるとしているのですが、判例の立場では経営方針決定への参加や人事管理権も加えています。
3、勤務時間を設定する際の自由裁量度について、行政解釈では実際の管理状況は考慮しないのに対し、判例では実際に自由度を求めています。

判例は、部長、工場長など高い地位にある者についても上記具体的基準を勘案しながら実質的に判断する姿勢をとっていて、勤務の実態に照らした管理監督者性の判定を行っています。本件のように部下を持たない専門職的色彩が濃い例で、しかも高い地位にある労働者の管理監督者の判定についても同じ立場から判定しますが、この点で行政的解釈と違いが出てきます。
上述の行政解釈にしたがってスタッフ職の管理監督者性を判定すると、経営上の重要事項に関する企画、立案、調査等も業務に従事し、ライン職の管理監督者と同格以上に位置づけられている場合とされるからです。つまり経営上の重要事項の企画、立案等を行うものであれば、具体的権限の有無や経営者との一体性を基礎づける条件などは考慮されなくてもよいと考えられます。
そこで本件の事例において検討すると、判決要旨2の点の(a)で見たように、専門的色彩の濃い部長職の場合でもやはり一般的な基準をもって管理監督者性を判定しています。

労働基準法の本来の趣旨は、労働時間の規制になじまない者を管理監督者として、労働基準法の保護適用の対象から除外しているのです。すなわち、労働時間の枠や規制なしに活動することが求められている重要な責任があることや、実際の職務遂行のあり方も勤務時間の枠になじまない者に限る、というのが立法趣旨なのです。
この点からスタッフ職の管理監督者性を判断するなら、スタッフ職とライン職に区別を設ける理由はなく、両者とも同じく一般的な基準をもって等しく適用することが大切だといえます。

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